江戸時代では国内最大の可能性がある和鏡=立山町の五百石天満社

江戸時代では国内最大の可能性がある和鏡=立山町の五百石天満社

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江戸期の国内最大和鏡か 立山博物館で展示へ

北日本新聞(2015年6月25日)

 立山町五百石の五百石天満社に置かれている「立山御うば尊御宝前鏡(おんうばそんごほうぜんきょう)」(町指定有形文化財)が江戸時代の和鏡(わきょう)としては国内最大の可能性があることが立山博物館(同町芦峅寺)の調査で分かった。女人救済の場だった芦峅寺のうば堂に寄進するため、江戸の町人らが資金を提供し1796(寛政8)年に作られたもので、江戸後期の女性による立山信仰の形を伝えている。(立山・上市支局長 小川剛)

 「和鏡」は、銅などを研磨し平安時代以降に日本で作られた鏡を指す。天満社の鏡は青銅製で直径約106センチ、重さ約112キロ。立山博物館によると、北野天満宮(京都)に明治時代の直径約108センチの鏡があるが、江戸時代では直径100センチ以上の鏡は確認されていないという。

 鏡は、女人救済の仏「うば尊(おんば様)」をまつったうば堂に置かれ、主として女性の内面にある善悪を映し出す物として使われたとみられる。江戸で布教した芦峅寺の宿坊・宝泉坊が製作を呼び掛け、江戸の町人が資金を提供した。鏡の裏に記された発起人の町人の名はいずれも男性だが、女性救済を願った奉納だったことが確認されている。

 明治初期の廃仏毀釈(きしゃく)でうば堂が壊され、仏像仏具の多くは散逸した。鏡は五百石周辺の町人を経て1876(明治9)年、天満社に寄進されたとみられる。現在は天満社の拝殿に置かれているが、神事などでは使われていないという。五百石地区の藤畑正明区長会長(73)は「地域の誇りであり、これからも大切にしていきたい」と話す。

 うば堂の遺物は少なく、立山信仰と布教地の関わりを知る上でも鏡は貴重な史料といえる。同館の城岡朋洋学芸課長は「江戸の女性の間に立山信仰が普及していたことがうかがえる。大きな鏡には、心をしっかりと映し出そうという思いが込められているのではないか」と話している。

 鏡は7月18日から8月30日まで同館が開く企画展「女性たちの立山」(北日本新聞社後援)で展示される。

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