「福光の野球バット発祥の地」と記した案内板を設置する西村さん

「福光の野球バット発祥の地」と記した案内板を設置する西村さん

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福光バット発祥の地に案内板

北日本新聞(2015年7月15日)

 南砺市福野(上町)の歴史研究家、西村忠さん(78)が14日、同市福光(本町)の通りに「福光の野球バット発祥の地」と記した案内板を立てた。福光で最初にバットを作り始めた波多栄吉さん(1898~1967年)の住居兼作業場跡に設置し、その功績を紹介。現在も年間約20万本を生産し、6割近い全国シェアを誇る「バットの町福光」のPRに役立てる。

 西村さんは南砺の埋もれた歴史遺産に光を当てていこうと、ことしから「なんと再発見寺子屋」と名付けた活動を始め、福光バットの案内板設置は活動の第一弾となる。西村さんは福光地域出身で、地元でもバットが特産品になった由来を知らない人が多いことから企画した。案内板はアルミ製で横1メートル、縦70センチ。公的な助成金に頼らず、活動に賛同する有志約10人で費用を出し合った。

 故波多栄吉さんは若くして運動用具の将来性に着目し、1922年からバットを製作。38年に波多製作所を設立してバット、スキー板など木製運動具の一大メーカーに育てた。戦後は米国への輸出で復興に向けた外貨獲得に貢献。長年、全国木製運動用品工業会の会長も務めた。案内板の文章はこうした波多さんの功績をまとめ、「福光産のバットで多くのプロ野球選手がホームランを打ち、全国の子どもたちに夢を与えています」と結んだ。町歩きに役立ててもらおうと、南砺バットミュージアム、棟方志功記念館、巴塚の松など近くの観光スポットへの距離も記した。

 西村さんは今後も市内20カ所を目標に歴史遺産や偉人の業績を紹介する案内板を設置していく計画で、「観光客ら多くの人に南砺の埋もれた良さを知ってもらうことはもちろん、特に次代を担う子どもたちに伝わる活動を目指していきたい」と話している。

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