「美術館」入口の前に並ぶ左から松崎真一、冨田惣七、玉村晋一=県立美術館「松崎真一展(1982年)」図録から

「美術館」入口の前に並ぶ左から松崎真一、冨田惣七、玉村晋一=県立美術館「松崎真一展(1982年)」図録から

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戦後私設「美術館」の軌跡を紹介 県立美術館、建設洋画家の40点

福井新聞(2015年12月9日)

 戦災の混乱が残る1947年から4年間、福井市の中心部に小さな私設「美術館」があった。「困窮する時期こそ、人々の心を豊かにする美術の力が必要」と、市内の洋画家3人が私費を投じ、自らの手で建設した。同市の県立美術館では、県内作家の戦後から90年代の作品を中心に、絵画や造形約40点を1月17日まで展示している。この中で「美術館」の誕生秘話など、戦後に福井の美術がたどった軌跡を紹介している。

 戦後、県内の作家たちは新しい美術団体をつくるなど活発に活動、中央から新進気鋭の作家を招いた講習会も開かれた。その結果、独創性が最も必要とされる現代美術が盛んになり、国内外で活躍する多くの作家が生まれた。

 「美術館」を建設したのは戦前戦後を通じて福井の美術界の中心的役割を果たした洋画家松崎真一、冨田惣七、玉村晋一。3人は46年7月、サークル「美研会」を結成し、互いに研さんし合う中で、福井の街を復興するために、展覧会場の必要性を感じ始める。

 47年3月、当時の県知事と面会し、建設を陳情。だが、戦災復興事業で手が回らないとの回答だった。3人は帰り道に「ならば、自分たちで」と決意する。その足で冨田が所有していた焼けた土蔵跡地に行き建築案を練った。建築資材を集めて大工仕事、レンガ積みなど自ら手掛け、同年6月、現在の九十九橋北詰交差点付近に開館させた。

 開館記念展は、当時、日本画壇をリードした画家の里見勝蔵、須田国太郎、鳥海青児らの作品展を開催。その後も美術館は活発な活動を展開し、福井市復興記念文化祭、国宝展、浮世絵展、近作油絵展など古典から現代美術まで多彩な展覧会を企画した。画材の販売も行った。

 48年には、松崎、冨田とともに戦後の福井画壇の三羽がらすと呼ばれた小野忠弘や荒木道夫、上出穂美が美研会に参加。3人の活動に共鳴した作家が展覧会に作品を提供して活動を後押しした。福井地震後の区画整理事業のため、49年に「北燈画廊」と名称を変えて近くに移転、経済状況の悪化で50年に閉館したものの、荒廃した福井に美術復興の機運を高めた。

 今回の展示では、松崎の3点と冨田の2点をはじめ、小野忠弘の晩年の代表作「BLUE」(1997年)などが並ぶ。県立美術館主任学芸員の西村直樹さんは「生活のために文化が後回しにされていた時代。短い期間だが、福井の作家の結束を強め、その後に続く道標を残した功績は大きい」と話している。

 関連企画として、「戦後 福井の美術」と題した座談会を13日と1月10日(いずれも午後2時から)、同館講堂で開く。西村さんがコーディネーターを務め、13日は画家の高橋昇さんら3人、1月10日は写真家の水谷内健次さんら4人が戦後の画壇の裏話などを話す。

 同展は一般・大学生100円、高校生以下と70歳以上、障害者手帳を持つ人と介護者1人は無料。問い合わせは同館=電話0776(25)0452。

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