「越前丸岡城と歴代城主」を出版した宮本さん=福井県坂井市

「越前丸岡城と歴代城主」を出版した宮本さん=福井県坂井市

福井県 あわら・坂井

柴田家滅亡後の丸岡城主に新説 青山宗勝の父正直も歴任か

福井新聞(2016年1月13日)

 丸岡観光ボランティアガイド協会長で、郷土史を研究している宮本久さん(85)=福井県坂井市=が、丸岡城の構造や歴代城主の業績などをまとめた「越前丸岡城と歴代城主」を出版した。幅広い史料を検討した結果、1583~1600年まで丸岡城主だった青山宗勝・忠元の親子2代以前に、宗勝の父正直も城主を務めていたとの説を披露している。

 同書は2章構成。第1章「丸岡城」では、古絵図を基に丸岡城の二の丸や内堀、外堀の構造などを考察するほか、丸岡城天守の特徴などを記した。第2章「歴代城主」では、柴田、青山、本多、有馬などめまぐるしく城主が変わった経緯や、各城主の功績などを述べている。

 歴代城主はこれまで、丸岡藩有馬家が越前の歴史や地理などを記した「古今類聚(るいじゅう)越前国誌」「国乗遺聞」などに基づき、1576年に築城した柴田勝豊から柴田家の家臣安井家清と続き、柴田家滅亡後に丹羽長秀から城を任された家臣の青山宗勝と子の忠元が務めたとされてきた。

 宮本さんは丹羽家の資料が残る福島県の二本松市史などを検討。青山家に関する記述から、丹羽長秀が最初に丸岡城主に任じたのは宗勝の父「青山伊賀守正直」だったとしている。ただ2年程度で城主を息子に譲ったため、名前が後世に伝えられなかったと分析した。

 また従来、宗勝を継いだとされた忠元について、二本松市史に残る青山家系図などには名前がなく、「謎の存在」と首をひねる。宮本さんは「有馬家は何らかの証拠があり、忠元が継いだと記したのだろうが、存在したかどうか検証が必要」としている。

 丸岡城や丸岡藩に関する資料は非常に乏しく「これまで丸岡城に関わる歴史の執筆は比較検討する資料もなく、検証のない引用で止まっていた」と指摘。「私の説が正しいか、次の人が調べることで少しずつ正しい形が見えてくるのでは」と語り、丸岡城に関する歴史について検証が進むきっかけになればと期待を込めていた。

 A5判、370ページ。300部を印刷し市内の図書館などに寄贈。丸岡歴史民俗資料館で1500円で販売している。

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