秀吉が本陣を置いたと伝えられている天魔池=福井県福井市足羽上町

秀吉が本陣を置いたと伝えられている天魔池=福井県福井市足羽上町

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柴田勝家討伐、本陣は天魔池に 豊臣秀吉の生涯「太閤記」より

福井新聞(2016年3月7日)

  福井県福井市足羽上町の市自然史博物館近く、足羽山の継体天皇像の足元に「天魔池(てんまがいけ)」がある。周囲は30メートルほど、約90平方メートルの小さな池だが、天正11年(1583年)に豊臣秀吉が柴田勝家を攻略した際、近くに本陣を置いたと伝えられている。

  秀吉の生涯をつづった「太閤記」には、秀吉が愛宕山(足羽山)に上ったとの記述がある。同館近くから北東方向を望めば、雑木林越しに勝家の居城・北庄城があった柴田神社を眺めることができる。江戸時代に書かれた「越藩拾遺録」には、北庄城から上がる火の手を見て、勝ちを確信した秀吉が喜んだとの記載がある。

  足羽山で茶屋を営む新谷武夫さん(84)は、「(1952年に)自然史博物館ができるまでは、池の近くから市内が見渡せた。落城の様子もよく見えたのでは」と思いをはせた。

  ただ、残る文書はいずれも後世に書かれたもので、裏付ける物証はない。市立郷土歴史博物館の角鹿尚計館長は、伝承の域を出ないと指摘する。「足羽山は昔から地域のシンボルだった。秀吉にまつわるような伝承があるのは、地元民に愛されていることの証拠」と話した。

  市公園課によると、明治に足羽山の公園整備が進んだ際、水は枯れていて、形や正確な位置などは分からなかった。現在の池は、あったと思われる場所に"復元"されたものという。

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