真田昌幸と信幸の棋譜に基づき、対局を再現する中田さん

真田昌幸と信幸の棋譜に基づき、対局を再現する中田さん

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戦いの布陣、囲碁から着想? 松代で「昌幸・信幸の対局」再現

信濃毎日新聞(2016年6月16日)

 長野市松代地区の住民組織「エコール・ド・まつしろ倶楽部」囲碁専科は15日、NHK大河ドラマ「真田丸」の放送にちなみ、戦国武将真田昌幸・信幸(信之)父子の対局譜を紹介する催しを地区内で開いた。信之は昌幸の長男で、松代藩真田家初代藩主。江戸後期の文献に伝わるという昌幸と信之の対局譜に基づいて対局を再現した。メンバーら約20人が集まり、興味深そうに見つめた。

 この日は、元信濃毎日新聞記者で囲碁史研究家の中田敬三さん(84)=長野市=が解説。中田さんは、昌幸と信之の対局譜について、196手で昌幸が勝った勝負の始めの部分を碁盤を模したボードを使い、1手ずつ再現した。

 「10手くらいからは、まるっきり現代では考えられないような変わった布石。戦いの連続で、いかにも侍が打った感じがする」と指摘。囲碁を打ったとされる年と場所に時代的なずれがあるとして、対局譜は「後世の偽作ではないかとの説もあるが、昌幸と信之が打ったと考えれば興味深い」と話した。

 他に、関ケ原合戦(1600年)後に蟄居(ちっきょ)した昌幸が、徳川方との決戦に備えて日夜囲碁を研究し、次男の信繁(幸村)も同席したとの逸話を紹介。大坂冬の陣(14年)で信繁が大坂城南東に築いた出城「真田丸」は「城のどの方向に築くか、発想が囲碁の研究から来ていると思っても不自然ではない」と推論した。

 江戸後期の文献に基づき、第2次上田合戦で徳川勢が上田城に攻め寄せた際、昌幸が城内で悠然と碁を打っていたとの逸話にも触れた。ドラマ「真田丸」でも昌幸が家臣らと碁を打つ場面が度々登場している。

 催しは、江戸後期の松代藩士で、「江戸時代最強のアマチュア囲碁棋士」として名高い関山仙太夫(1784〜1859年)の顕彰と囲碁の普及を目的に開いた。参加者による自由対局や体験碁会もあった。

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