真田信繁の若いころについて話す寺島さん

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信繁の幼名時代を解説 元上田市立博物館長「先入観持たずに」

信濃毎日新聞(2016年7月11日)

 元上田市立博物館長の寺島隆史さん(65)=東御市滋野乙=が10日、「真田弁丸(べんまる)をめぐって」と題して上田市天神の市交流・文化施設「サントミューゼ」で講演した。開催中の「2016年NHK大河ドラマ特別展『真田丸』」の関連企画。主人公の戦国武将、真田信繁(幸村)が幼名「弁丸」を名乗っていた時代について持論を展開し、「先入観を持たずに素直に常識的に史料を読むことが大事」と語った。約80人が聴講した。

 寺島さんは1582(天正10)年6月に織田信長が討たれた「本能寺の変」以降を解説した。弁丸の「弁」の署名が見える書状を紹介し、「信繁は通説より年少だった」と説明。「戦死した時に49歳だったとの通説に確かな根拠はない。通説では兄の信幸と1歳差だが、実際は3、4歳差と考えていい」と語った。

 徳川家康が木曽義昌に弁丸らの人質を帰すよう求めた書状も紹介。「北条軍との対陣が長引く中、真田昌幸を味方に付けるための家康の工作に弁丸が使われた」とした。

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