来歴不明の帆船のパネル(左)などが並ぶテーマ展=福井市の福井県立図書館

来歴不明の帆船のパネル(左)などが並ぶテーマ展=福井市の福井県立図書館

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福井藩洋式帆船「一番丸」の歴史 佐々木権六の業績を紹介

福井新聞(2016年1月14日)

 幕末の福井藩が建造した洋式帆船「一番丸」の開発事業を取り上げたテーマ展が27日まで、福井市の福井県立図書館で開かれている。造船の中心となった藩士の佐々木権六(ごんろく)(長淳(ながあつ)、1830~1916年)の奮闘ぶりをクローズアップ。剣術や絵の達人であり、武器弾薬の知識にも秀でたという佐々木の業績の一端を紹介している。

 同図書館によると、佐々木は、後に五箇条の御誓文の原案を作った由利公正とともに、藩の武器弾薬製造の技術官僚「製造方頭取」を務めた。造船事業では、藩主・松平春嶽の命を受けて黒船に乗り込み、得意の絵で船内をスケッチ。帆船の模型を作り、日本人で初めて米国に渡ったジョン万次郎に見せて改良の指南を受けたという。佐々木らの活躍で一番丸は1859(安政6)年に完成した。

 これらの逸話は松平家から同図書館に寄託された史料群「松平文庫」に記され、今回のテーマ展「幕末福井藩、造船への挑戦」で、その史料の一部を陳列している。同僚の由利を主人公とした大河ドラマ誘致運動が進む中、展示を担当する同図書館の長野栄俊さんは「由利を深く語る上では欠かせない人物」と佐々木への注目も集めたい考えだ。

 一番丸は16人乗りで全長20メートル、マストが1本。一番丸は簡易な絵が残っているだけだが、同文庫にはマストが2本の来歴不明の洋式帆船の図面がある。一番丸の名称に表れているように、当時は二番丸、三番丸と続けて建造する方針だったとされ、長野さんは次期建造船の図面の可能性があることを指摘し「当時図面が描けた人間は限られている。佐々木が描いたのかもしれない」と話している。テーマ展では、この謎の帆船の図面もパネルで展示している。18、25日は休館日。

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