上田城の西櫓。七つあったとされる櫓の中で唯一、解体・移築されず姿をとどめる

上田城の西櫓。七つあったとされる櫓の中で唯一、解体・移築されず姿をとどめる

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上田城櫓復元へ、市教委が資料再検証 10億円寄付で注目

信濃毎日新聞(2019年3月7日)

 上田城(国史跡上田城跡)で江戸時代に7棟あったとされる櫓(やぐら)について、上田市教委は現存する西、南、北の櫓3棟(いずれも県宝)をモデルに、残る4棟を復元する手法の検討に入った。櫓を巡っては匿名の上田市民が市に復元に役立ててほしいと10億円を寄付。市教委は唯一移築されることなく残る西櫓は復元を目指す上で重要な役割を占めるとみて関連資料の整理を進める。

 戦国武将真田昌幸が築城した上田城は関ケ原の戦い(1600年)後、徳川方に破壊され、その後藩主となった仙石忠政が1626年に復興に着手。幕末まで櫓7棟があったとされる。

 西櫓は、明治に入り他の櫓が民間に売却される中にあって唯一、解体・移築を免れた。格子窓に突き上げ戸が付いた「武者窓」などを備える。2016年度の調査では西櫓を中央で支える柱が15世紀半ばから17世紀前半までに伐採されたケヤキだと判明した。

 市教委生涯学習・文化財課によると、櫓を忠実に復元するためにはかつての写真などが必要だが、十分な資料はそろっていない。これまでの発掘調査などから未整備の4棟中3棟の基礎部分と、現存する3棟の基礎部分はほぼ同じ大きさと分かっている。

 今後、未整備の櫓の柱や梁(はり)の寸法といった記述が既存の資料にないかを再検証。現存する櫓との同一性が裏付けられれば「(江戸期の)復興当初の状態をほぼ残していると考えられる西櫓をモデルに、復元に一歩近づける可能性がある」(和根崎剛課長補佐)と説明する。仮に新たな写真や図面の発見がなくても、こうした検証を通じた復元が可能かどうか、文化庁との協議も目指す。

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