明智光秀ゆかりの武具や、福井との関係を示す史料などを展示している特別公開展=福井県福井市の県立一乗谷朝倉氏遺跡資料館

明智光秀ゆかりの武具や、福井との関係を示す史料などを展示している特別公開展=福井県福井市の県立一乗谷朝倉氏遺跡資料館

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光秀と福井の縁に光 ドラマちなみ武具や書状紹介

福井新聞(2019年5月2日)

 2020年放送のNHK大河ドラマ「麒麟(きりん)がくる」の主人公・明智光秀と、福井のつながりにスポットを当てた特別公開展「明智光秀と戦国越前~光秀、一乗に来たる~」が、福井県福井市の県立一乗谷朝倉氏遺跡資料館で開かれている。光秀ゆかりの武具や書状など約60点を展示。かつて越前で暮らしたという謎多き戦国武将の一面を知ろうと、歴史ファンらが足を運んでいる。

 織田信長の家臣だった光秀は、1582(天正10)年に謀反を起こし信長らを自害に追い込んだとされる「本能寺の変」で知られる一方、その前半生は不明な点が多い。展示では史料を基に歴史的背景や人間関係を考察、光秀と福井の関係をひもとく。

 光秀は美濃国(岐阜県)の守護土岐氏の一族。光秀は土岐氏を追放した斎藤道三に仕えるも、道三父子の争いに巻き込まれ、越前に逃れた。浪人生活をしばらく送った後に朝倉義景に仕えたという。「遊行三十一祖京畿御修行記(ゆぎょうさんじゅういちそけいきごしゅぎょうき)」からは、光秀が称念寺(坂井市)の門前に10年ほど住んでいたと読み取れる。医学書「針薬方」には、朝倉家の傷薬「セイソ散」を光秀が知っており、籠城の際に口伝したとの記述がある。

 学芸員の石川美咲さんは「福井との関係は注目されてこなかったが、痕跡がいくつもあり、かなり濃厚だと感じてもらえれば」と話す。

 本能寺の変の後、光秀が反信長勢力の豪族に送った新出の書状は、室町幕府再興を構想していたとする説の有力な史料だ。このほか、愛用の脇差し「明智兼光」や、光秀から土岐氏に伝わった槍(やり)「血吸(ちすい)」など武具も並ぶ。

 6月2、13日の午後2時から学芸員の展示解説がある。5月12、18日、6月9、16日の午後2時からは、光秀とゆかりのある美濃、若狭などを取り上げた連続講座も開かれる。

 特別展は7月3日まで。5月15日、6月19日休館。一般100円、高校生以下と70歳以上、障害者手帳などを持つ人と介護者1人は無料。問い合わせは同資料館=電話0776(41)2301。

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