諏訪市の高島城天守閣が5月、現在の形に復元されてから50周年を迎える。節目を祝い、市は記念誌発行やイベントを計画。市のシンボルとして市民に親しまれてきた城の歴史を発信し、魅力を再発見する機会にする。
高島城は1598(慶長3)年、豊臣秀吉に仕えた日根野氏が築いた。諏訪湖に突き出して築城されたので「諏訪の浮城」と言われた。その後、諏訪氏が10代に渡って城を守ったが、明治維新後の1875(明治8)年に国の命令で壊された。
一帯は石垣と堀が残されて「高島公園」となった。一般社団法人「大昔調査会」(諏訪市)によると、諏訪の人々の城に対する愛着は強かったとされ、最初の天守閣復元の運動が大正時代に起きた。戦後に改めて運動が盛り上がり、市民や諏訪出身者が建設費を集めて市に寄付。市は1970(昭和45)年に天守閣を再建した。
記念誌は、大昔調査会が編集を担っている。城を守ってきた諏訪氏の歴史や、民間主導による復元の動きを盛り込む予定。同会の高見俊樹理事長は「江戸時代の城の様子だけではなく、市民の熱い思いも知ってもらえる内容にしたい」と話す。
記念イベントの時期や内容は、市が検討を進めている。天守閣内で企画展を開くなどの案が出ている。市観光課によると、高島城の入場者は、ここ数年は年間6万人前後で推移。同課は「2020年は市民がお城について見直す年にしたい。観光客にも城の歴史を発信し、より多くの人に来てもらえるようにしたい」としている。