新たに見つかった応響雑記「巻52」を手にする大野館長。特別展ではこれまでにそろった63巻を挿絵と共に公開する

新たに見つかった応響雑記「巻52」を手にする大野館長。特別展ではこれまでにそろった63巻を挿絵と共に公開する

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応響雑記 不明の「巻52」発見 氷見市博物館、ペリー来航の混乱ぶり記述

北日本新聞(2020年2月27日)

■63巻分、23日から初の一挙公開

 氷見市博物館(大野究館長)は26日、江戸後期の氷見の町人生活や政治、経済などを33年間にわたって書きつづった日記「応響(おうきょう)雑記」全66巻の欠本4巻のうち、1853(嘉永6)年春夏分に当たる「巻52」が見つかったと発表した。ペリー来航による江戸の混乱と対応の難しさにも触れており、幕末の世情を知る上で貴重な史料。28日から同館で始まる特別展でこれまでにそろった63巻を初めて一挙公開する。

 応響雑記は氷見で蔵宿を営み、町役人を務めた9代目田中屋権右衛門が1827(文政10)年5月から59(安政6)年10月まで書き記した。日常生活から天候、町の政治、経済、年中行事まで幅広い内容。基本的に年2巻ずつ編んである。

 巻52のペリー来航に関する記述は53年6月16日付。浦賀沖に異国船4隻が現れ、江戸が騒動になっていることに言及。「幕府も対応に苦慮するだろう。加賀藩からも藩士が江戸に行くことになるようだ」と記している。

 権右衛門はこの日、加賀藩(金沢)に出張しており、藩関係者から江戸の様子や情勢を聞いたとみられる。ペリー艦隊が浦賀に姿を見せたのは6月3日で、少なくとも13日後には情報が金沢に伝わっていた証しでもある。

 応響雑記には28(文政11)年、富山に3代目尾上菊五郎が芝居上演で訪れたことや58(安政5)年の飛越地震の被災状況などが詳細に書き留められている。巧みな挿絵も多く、有力町人の視点を通じて当時の世相が伝わってくる。

 戦後、権右衛門の親類筋に当たる市内の陸田(むつだ)家に秘蔵されているのが発見された。2016年に市博物館に寄付され、18年に市指定文化財となった。

 巻52は陸田家から博物館に寄付された別の古文書類約1万点を整理する中で、ほかの巻の一部3点と共に見つかった。詳しい分析はこれからという。

 特別展は3月22日までで観覧無料。

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