パネルや資料で教員の学術登山を紹介した企画展

パネルや資料で教員の学術登山を紹介した企画展

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北ア、教員のいざない 学術登山の6人、大町で足跡紹介

信濃毎日新聞(2020年8月5日)

 大町市立大町山岳博物館は、企画展「博物学と登山 大正登山ブームと信州理科教育のさきがけ」を開いている。教員たちが北アルプスで動植物や地質などを調べた学術登山が、大正以降に近代登山が盛んになった要因の一つだったとして、大町北安曇にゆかりのある明治・大正の教員6人の足跡と、関連の品を紹介している。

 大町市の仁科学校(現大町西小学校)校長だった渡辺敏(はやし)は1883(明治16)年8月、北城学校(現白馬北小学校)校長らと総勢9人で北ア白馬岳に登った。同行した北安曇郡長の日記にその時の様子が記されており、同館の関悟志学芸員(44)は「記録に残るものでは最初の白馬岳登山」とする。北安曇教育会が保存するこの日記の写しを展示している。

 松本市出身で高山植物の専門家、河野齢蔵(れいぞう)は1897年に大町小学校(現大町西小学校)の校長に就任。翌98年、植物採集を目的に白馬岳に登り、学術誌「植物学雑誌」で登山の様子を発表した。全国の博物学者らの注目を集め、白馬岳が高山植物の宝庫として有名になった。

 ほかに、旧制長野中学校(現長野高校)の教員を務めた志村寛が1904年に白馬岳葱平(ねぶかっぴら)付近で見つけ、新種と確認されたヒメウメバチソウの標本などを展示。田中阿歌麿(あかまろ)、矢沢米三郎、保科百助も紹介している。

 登山は古くは信仰や狩猟のため行われたが、大正時代の鉄道の発達、地形図の発行、山小屋の開業などで、登ること自体を楽しむ近代登山が盛んになった。関さんは「県内教員が行った学術登山や学校集団登山は、これらとともに登山への関心を高めた」と説明している。

 企画展は9月27日まで。開館時間は午前9時〜午後5時(入館は午後4時半まで)。入館料は一般450円、高校生350円、小中学生200円。休みは9月7、14、23日。問い合わせは大町山岳博物館(電話0261・22・0211)へ。

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