一乗谷朝倉氏遺跡で見つかった、旧一乗谷川右岸側の巨石護岸遺構=30日、福井県福井市城戸ノ内町

一乗谷朝倉氏遺跡で見つかった、旧一乗谷川右岸側の巨石護岸遺構=30日、福井県福井市城戸ノ内町

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一乗谷朝倉氏遺跡に巨石護岸遺構 計画的な治水管理示す

福井新聞(2014年12月1日)

 国の特別史跡の一乗谷朝倉氏遺跡(福井県福井市)で、戦国時代に造られたとみられる巨石を使った一乗谷川の護岸遺構が、新たに見つかった。これまでに上流域2カ所でも遺構が発見されており、県埋蔵文化財調査センターは、城下町を南北に貫く一乗谷川の治水を計画的に管理していたことがうかがえるとしている。中近世の堤防や護岸の研究者によると、戦国城下町での護岸遺構は全国で例がないという。

 同センターの本年度の調査で分かった。発掘されたのは朝倉氏遺跡の下城戸跡に近い、城戸ノ内(きどのうち)町字出雲谷(いずもだに)・斉兵衛(さいべえ)地係。一乗谷川の戦国時代当時の流れとみられる右岸に約70メートル、左岸に約30メートルにわたって自然石が積み上げられていた。川幅は約10メートル。両岸の護岸が一度に見つかるのも珍しいという。現場は現在の一乗谷川の右岸川べりで明治以降は耕作地だった。

 護岸は直径1~1・5メートルの巨石も使われており、2段または3段積み。高さは最大で約1・4メートル。主に凝灰岩で地元で調達されたものと考えられる。右岸護岸遺構の陸地側には拳ほどの大きさの石が大量に詰めてあり、護岸が崩れないよう陸地側からの排水性が考慮されている。

 同遺跡内の護岸遺構は、1990年に上城戸土塁跡の川側と、95年に朝倉館跡近くで一乗谷川のいずれも右岸に確認されている。これまでは土塁や館周辺という拠点施設のため巨石が置かれていたという可能性も考えられていた。

 今回、下流域の下城戸跡近くで護岸が見つかったことで、城下町全体に護岸が造られていた可能性が高まった。城下町は南北幹線道路などで武家屋敷や町屋を区画し、計画的な整備がされている中で、一乗谷川も計画的に治水が行われていたことがうかがえるという。護岸は垂直に組まれていることから、谷に造られた城下町において土地の有効活用を図ったと考えられるという。

 30日に現地説明会が開かれ、歴史ファンら約40人が訪れた。

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