毛利さんの遺作を囲み、在りし日をしのぶ(右から)柳原さん、富山さん、清河さん、柳原幸子さん=黒部市栗寺

毛利さんの遺作を囲み、在りし日をしのぶ(右から)柳原さん、富山さん、清河さん、柳原幸子さん=黒部市栗寺

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彫刻家・故毛利さんのアトリエを若手集う空間に

北日本新聞(2014年12月27日)

 国際舞台で活躍しながら突然美術界から距離を置き、晩年は黒部市に住んだ彫刻家、故毛利武士郎さんのアトリエが来春、地域のアート空間に生まれ変わる。京都国立近代美術館長で、県水墨美術館の館長も務める柳原正樹さん(62)=同市宇奈月町下立=が私費を投じて改装し、遺作を並べ、若手作家にも開放する。北陸新幹線の開業に合わせてオープンさせる予定で、柳原さんは「時流におもねることなく、信念を貫いた先生の精神を全国の人たちに伝えたい」と話している。(文化部・黒田修一朗)

 毛利さんは1950年代から抽象彫刻を制作し、サンパウロ・ビエンナーレ展など国内外の展覧会で活躍した。60年代半ばに入ると、アトリエにこもって制作に没頭した。展覧会で発表することもなく「沈黙の彫刻家」と呼ばれた。

 柳原さんが毛利さんと出会ったのは、県立近代美術館の学芸員だった約30年前。企画展への出品を依頼するため、都内の自宅を訪ねたのがきっかけだった。2人はその後も交流を続け、毛利さんは92年に柳原さんの誘いを受けて黒部市栗寺に移り住んだ。

 アトリエは鉄骨平屋建て延べ約160平方メートル。寝泊まりできる部屋や台所、トイレも備え、毛利さんは生前「若い作家に活用してもらいたい」と周囲に語っていた。柳原さんは没後10年を迎えた今年、毛利さんの遺志に従って活用することを遺族に提案。了承を得られたことから、改装工事に入った。

 今月21日には魚津市の彫刻家、富山省三さん(74)や黒部市の日本画家、清河恵美さん(66)、柳原さんの妻で造形作家の幸子さん(62)ら交流のあった作家らが集まり、床の汚れを取り除いたり、作品を飾る壁にペンキを塗ったりした。

 館名は、自身が世に出るきっかけになった作品のタイトルにちなんで「シーラカンス 毛利武士郎記念館」とした。開館記念展は「毛利武士郎の宇宙」と銘打ち、初期から晩年までの作品約150点を順次展示するほか、県内外の作家によるグループ展も開催する。今後は若手に創作、展示空間として貸し出すことにしており、柳原さんは「この場所から、毛利さんのDNAを受け継ぐ作家が一人でも多く育ってほしい」と期待している。


◆もうり・ぶしろう◆
 1923年東京生まれ。東京美術学校(現・東京芸大)彫刻科卒。44年に応召し、沖縄・宮古島の野戦病院で終戦を迎える。92年に東京から黒部市に移住。99年に県立近代美術館で「毛利武士郎展」(北日本新聞社など主催)を開催した。2004年に81歳で亡くなった。

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