画家で詩人の竹久夢二ら文化人も訪れたとされる諏訪市の旧「料亭信濃」の離れで11日、見学会が開かれた。保存、活用を目指す諏訪商工会議所(諏訪市)会頭の岩波寿亮(としあき)さん(67)らが呼び掛けた。数年ほど前から信濃を案内している市内の建築士、五味光一さん(61)らが、変形した竹を建築材にふんだんに使った特徴ある数寄屋造りについて解説。保存や活用の在り方をめぐり意見を交わした。
五味さんらによると、信濃は1909(明治42)年に建てられ、本館や離れ4棟、庭園などがあった。料亭は77(昭和52)年に廃業。現在は、大工30人が3年がかりで建てたとされる離れ2棟と庭園の一部などを残す。初代当主の小池熊右衛門は、片倉工業(東京)の前身で岡谷市で創業した「片倉組」の出身。得意客をもてなす場として建てられたとみられるという。
見学会には、諏訪市文化財専門審議会委員も含めて8人が参加した。五味さんは「さまざまな形の竹を使っているが、見た目がすっきりしており素晴らしい」と感想を述べた。桂離宮(京都市)の修復に当たった建築家の故・安井清さんが2008年に訪れて絶賛したことや、茅野市出身の建築家藤森照信さん(68)も今春訪れ、文化的な価値を評価していたことにも触れた。
近くに住む所有者の小池志保子さん(82)も加わった。料亭だったころの献立や古い写真などを見せながら信濃の歴史を語った。五味さんらは小池さんに、文化的な価値を証明するため、建築年が書かれた棟札を探してほしい、などと要望した。
岩波さんらは今後、片倉工業関係者を信濃に招き、存在を知ってもらう考え。岩波さんは「信濃と片倉の歴史を広く知ってもらい、保存への機運を高めたい」と話した。