大型井戸の遺構などが見つかった五十公野館跡=新発田市五十公野

大型井戸の遺構などが見つかった五十公野館跡=新発田市五十公野

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上杉景勝と争い滅亡 五十公野館跡、阿賀北文化の奥深さ示す

新潟日報(2015年12月30日)

 新発田市五十公野(いじみの)に新設される東小学校の敷地で進められていた「五十公野館跡」の発掘調査では9月中旬、同市内では最古となる銅製の小仏像「念持仏(ねんじぶつ)」が発見された。鎌倉時代の作とみられ、中世の念持仏の出土例は阿賀野市と胎内市に続き県内で3例目。阿賀北地域の仏教文化の奥深さがあらためて注目された。
 
 調査は7~11月に行われた。念持仏は高さ7・5センチ、肩幅1・7センチ、重さ58グラム。新発田市教育委員会によると、左手に未開花のハスの枝を持ち、そこに右手をかざしている特徴から、鎌倉時代につくられた聖観音像と推定される。当時、旅人が携帯し、祈りをささげたとみられる。同時代の木製仏像は数点あるが、金属製の発掘は新発田市内では初めてだった。
 
 五十公野館跡は戦国時代末期、新発田氏とともに上杉景勝、直江兼続らと争った末に滅亡した五十公野氏の居館跡とされている。遺跡からは念持仏のほかに、室町~戦国時代にかけてのものとみられる直径3~5メートルの大型井戸6基などの遺構が見つかった。
 
 市教委は「京都など仏教の中心地から、教えがどのように全国各地へ広まっていったのかを示す貴重な資料だ」と話している。

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