吉野ケ岳の拝殿内に掲げられている「多聞天」と書かれた扁額

吉野ケ岳の拝殿内に掲げられている「多聞天」と書かれた扁額

福井県 福井・永平寺

拝殿の4扁額歴代禅師揮毫 永平寺町・吉野ケ岳 署名、字体で判明

福井新聞(2016年3月8日)

 永平寺町にある越前五山の一つ、吉野ケ岳(547メートル)の頂上付近にある神社拝殿に四つの扁額(へんがく)が掲げられている。このほど地元住民の調査で、曹洞宗大本山永平寺歴代の禅師が揮毫(きごう)した額と判明。永平寺と吉野ケ岳の深いつながりが分かってきた。(藤田尚久)

 越前五山は泰澄大師が開いたとされ、ほかに白山、文殊山、日野山、越知山がある。吉野ケ岳は本殿に「蔵王大権現」像がまつられており、登山口がある同町松岡上吉野では「蔵王山」と呼ばれている。

 調査したのは地元の種本甚平さん(65)=同町松岡上吉野。歴代禅師と交流が深く、永平寺の歴史にも詳しい井上武義さん(78)=同町志比=の協力を得て取り組んだ。

 拝殿正面の扁額には「蔵王大権現」の文字や、署名として「永平悟由」と書かれていた。字体などを調べた結果、永平寺64世「大休悟由(だいきゅうごゆう)禅師」(1834―1915)の揮毫と判明。禅師に就任した時期を鑑み1900年前後に書いたと推測した。

 拝殿内には「観世音」「蔵王社」「多聞天」の扁額が掲げられている。この三つは永平寺50世「玄透即中(げんとうそくちゅう)禅師」(1729―1807)が1800年ごろに書いたと推測できるという。

 井上さんによると、開祖の道元禅師が中国から帰国する際に、膨大な量の写経を書くのを白山権現が助けてくれたという伝説がある。永平寺では白山権現を守護神としてあがめており、雲水たちは白山登山を毎年行っている。

 ただ、昔は白山へ向かうのは容易ではなかったため、越前五山の一つとして白山と関係があり、比較的近い蔵王山に登っていたと井上さんは考察する。扁額は地元住民から依頼され禅師が書いたとみている。「禅師はよほどのことがない限り名前を入れて書かない。深い付き合いがあったのだと思う」と話す。

 種本さんは「神社と寺で性質が違うと思っていたが、蔵王山にある神社と永平寺は関係があることが分かった。扁額は貴重なもので、大切に残していかなければならない」と話していた。

 吉野ケ岳の山開きは4月18日に行われる。

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