大分市の浄土寺に松平忠直と伝わる肖像画

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松平忠直の「暴君」汚名返上を 真田幸村討つ武功も乱行イメージ

福井新聞(2016年3月18日)

 大坂夏の陣で真田幸村を討ち取った功績がありながら、乱行を重ねた"暴君"として知られる2代目福井藩主松平忠直。暴君ぶりを伝える乱行の数々は創作の可能性があるとして、福井市内の歴史愛好家らが発起人となり「松平忠直卿に光をあてる会」を設立する。発起人は「名君として親しまれている地域もある。真相を探り、福井の礎を築いた偉人の名誉を回復したい」と、勉強会などを計画している。

 発起人は、ふくい歴女の会の後藤ひろみさん(46)=福井市、歴史ボランティアグループ「語り部」の宮下一志さん(79)=福井市、歴史小説家の馬田昌保さん(77)=福井県越前市。

 忠直には、好意を寄せた女性の喜ぶ顔見たさに、罪人や一般人を次々と殺したり、家臣の妻を奪ったり、妊婦の腹を割いて胎児を取り出した―などの乱行伝説がある。松平家の歴史を記した「続片聾(へんろう)記」などにも乱行の記述があり、これらを基に菊池寛が大正期に書いた小説「忠直卿行状記」で、暴君のイメージが広く定着した。

 しかし3人は「これらの忠直像は創作の可能性が高い」と指摘。後に流された大分県では「一伯(いっぱく)(忠直の僧名)さま」として親しまれ、一伯と名付けられたお菓子が売られている。鯖江市の旧鳥羽野地区では、忠直が原野の開発、街道整備などに尽力。領民の信望を集め、忠直の供養塔が残り祭っている神社もある。

 宮下さんは「大分では今でも市民から愛され、大事にされている。歴史研究家からも『福井はこのまま(暴君)の忠直像でいいのか』との指摘もある」と話す。後藤さんは「夏の陣で活躍できたのは、部下の心を一つにまとめられたから。人心掌握に優れた人物に、悪行が残っているのは不思議」と疑問を呈した。

 馬田さんは「忠直の周辺にはキリスト教に関わるうわさがあり、信仰を禁止していた幕府に目を付けられる恐れがあった。幕府の目をそらして藩を守るため家臣が忠直の乱行説を創り上げた可能性がある」と推測する。

 光をあてる会は、3人のほか会員約10人で24日に発足会を開く。忠直が藩主に就任した4月27日に、福井城の一部を移築した瑞源寺(福井市足羽5丁目)で、勉強会を開き、忠直の人物像に迫る。後藤さんは「NHK大河ドラマ『真田丸』が注目されている今年、幸村を討ち取った忠直の名誉回復を図りたい」と強調した。

■松平忠直(1595~1650年) 

 初代福井藩主結城秀康の長男で、徳川家康の孫。1615年の大坂夏の陣では、真田幸村を討ち取り、大坂城一番乗りを果たした。しかし恩賞への不満を募らせ参勤交代を怠るなど、23年、豊後国(現在の大分県)へ配流となった。

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