三島由紀夫(1925~70)は作家活動に専念するため、わずか9カ月で大蔵省(現財務省)を辞め、間もなく長編2作目にして代表作の「仮面の告白」を発表した。「隠し文学館 花ざかりの森」(富山市向新庄町)で27日開幕する企画展「三島、決断の時-『盗賊』から『仮面の告白』へ」は、初公開の直筆はがきなど20点の資料を展示する。20代前半で大きな転機を迎えた三島の創作の軌跡に迫る。3月21日まで。
三島にとって、初の長編小説となるのが「盗賊」だ。執筆中は憧れのフランス人作家、レイモン・ラディゲ(1903~23)の「向うを張りたいと思つてゐた」ほど意気込んでいた。大蔵省に勤めながら何度も書き直し、苦労して仕上げたものの、世間の評判にはならなかった。三島自身の評価も厳しく、後年に「完成の喜びはなかった」とつづっている。
仕事と執筆の両立は大変だったようで、三島は大きな決断を下す。単行本が刊行される2カ月前の48年9月に辞表を提出。23歳の若さだった。
作家生命を賭けて書いたのが次作「仮面の告白」だった。人工的で精緻を極めた「盗賊」から一転、これまでの三島にはない私小説風の作品は、花田清輝ら評論家に絶賛され、作家の地位を確かなものにする。
三島は大蔵省を退職する際、父の平岡梓から「日本一の作家になるのが絶対条件」と言い渡されている。「隠し文学館 花ざかりの森」の杉田欣次館長は「父の言葉に奮起し、相当な覚悟で『仮面の告白』に臨んだのだろう」とみる。
企画展では「盗賊」「仮面の告白」の初版本や、「盗賊」の執筆時を振り返った「創作ノオト」などを編集者らの証言と併せて紹介する。初公開の直筆はがきは49年6月9日の消印で、平凡社のアンケートへの返信。主な業績を尋ねた欄に、三島は「盗賊」でなく短編集「宝石賣買(ばいばい)」「夜の仕度(したく)」を記した。この時点で唯一の長編に触れていないのは、作品への不満と自らの才能に対する強い自負の表れといえる。
杉田館長は「三島は『盗賊』の失敗で、小説に必要なのは内面に向き合い、さらけ出すことだと気付いた。この時期は日本を代表する作家へと成長する大きな分岐点だった」と話している。
◆メモ◆
北日本新聞社共催。入館料は一般500円、高校・大学生300円、小中学生200円。月曜休館。
【関連イベント】▽28日=読み聞かせ▽3月6日=記念講話「館長、三島の決断を語る」▽同13日=文章講座「作文のすすめ」
いずれも午前10時半からで、定員は20人。開催日の6日前までに往復はがきで申し込む。応募先は同館、郵便番号930-0916、富山市向新庄町2の4の65。電話076(413)6636。