俳句(右)と俳諧歌が一組になった一茶の双幅

俳句(右)と俳諧歌が一組になった一茶の双幅

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一茶晩年の「双幅」発見 信濃町の記念館で展示

信濃毎日新聞(2015年8月1日)

 上水内郡信濃町出身で江戸時代の俳人小林一茶(1763〜1827年)の俳句と俳諧歌が一組になった「双幅(そうふく)」が、町内の民家で見つかったことが31日、分かった。二松学舎大客員教授で一茶研究の第一人者矢羽(やば)勝幸さん(70)=上田市=によると、俳句と俳諧歌が対になった一茶の双幅は珍しいという。一茶記念館(信濃町)は1日から常設展示で紹介する。

 俳句、俳諧歌ともに縦96センチ、横11センチの和紙に書かれている。この双幅は1930(昭和5)年発行の「俳人真蹟(しんせき)全集一茶」に写真で紹介されていたが、実物は確認されていなかった。町民が今年6月、同館に持ち込み、矢羽さんが全集の作品と確認した。

 俳句は「足枕手まくらしかのむつまじや俳諧寺」と書かれ、仲むつまじい鹿の様子を詠んだ。雨上がりの涼しさを詠んだ俳諧歌は、「里を涼しくなしてゆふ立のひかりしりぞく山の外かな一茶」と書かれている。

 俳句は一茶の句日記「七番日記」で1814(文化11)年に詠まれ、俳諧歌は一茶の句日記「文政句帖(くじょう)」で23(文政6)年に似た句が詠まれている。双幅について同館は23年ごろ、一茶が誰かに頼まれて書いた作品とみている。

 双幅には、埴科郡坂城町の俳人で一茶作品の収集家だった久保柳葉(りゅうよう)が1934(昭和9)年に書いた手紙が添えられている。手紙は柳葉が次の所有者に双幅を譲る際に書いたとみられる。

 一茶記念館の中村敦子学芸員は「晩年の一茶が作品にどんな思いを込めたのかも考えてほしい」としている。1日からは柳葉の手紙も展示する。

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