新たに見つかった道三が改作奉行所に宛てた書状の下書き

新たに見つかった道三が改作奉行所に宛てた書状の下書き

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椎名道三の古文書確認 黒部市歴史民俗資料館で特別展 朝日の脇子八幡宮保管60点余り

北日本新聞(2019年8月22日)

■書籍未掲載文や実兄の手紙全文

 江戸時代の水利土木技術者、椎名道三(現在の滑川市出身)に関する古文書60点余りが、朝日町横尾の脇子八幡宮に保管されていることが、黒部市歴史民俗資料館の特別展実行委員らの調査で分かった。多くは戦前の書籍で活字化されているが、原本の所在を知る人はごく一部の研究者だけだったとみられる。掲載されていない文書も見つかり、一部を同資料館の特別展「十二貫野用水-開削の記憶-」で展示している。 

 道三は黒部市の十二貫野用水などを開削し、新田開発に尽力したことで知られる。道三に関する史料の多くは「富山縣史蹟名勝天然紀念物調査報告」(1939年)などで活字で紹介されているが、近年は原本を研究対象にする人がいなかったとみられる。

 特別展開催のために原本を探したところ、同報告を執筆した一人、郷土史家の故九里愛雄(よしお)さんが宮司を務めていた脇子八幡宮で、掲載された古文書のうち56点が確認できた。脇子八幡宮によると、約30年前に氏子の郷土史家が整理した後は手つかずの状態だった。

 未掲載の古文書も数点見つかった。天保11(1840)年に道三が改作奉行所に宛てた書状の下書きは、黒部の山から切り出した加賀藩の御用木の残りを、十二貫野の工事事務所で使いたいので、御用木を管理する別の奉行所に承認を得るよう願い出ている。

 一部分しか掲載されていなかった、天保8(1837)年に実兄の宝田宗兵衛が道三に宛てた手紙も見つかり、全文が分かった。改作奉行所に呼び出された道三に、身支度の助言だけでなく、留守中の諸注意や今後の暮らしについても細々とアドバイスしている。

 調査は、特別展実行委員の宮本幸江さん(富山市)、寺口けい子さん(魚津市)らが行った。宮本さんは「用水開削に当たっての道三の実際の動きや、兄の弟に対する細やかな心遣いが伝わってくる」と話す。

 同資料館の白岩初志主任学芸員は「日の目を見なかった史料がまとまって保存され、未整理のものもある。今後、道三や用水開削について調べる上で貴重な資料になる」としている。特別展は11月24日まで。月曜と毎月最終木曜は休館(祝日の場合は翌日休館)。

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