内陣と外陣を隔てる龍の欄間=白山市白峰の真宗大谷派林西寺

内陣と外陣を隔てる龍の欄間=白山市白峰の真宗大谷派林西寺

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「天領の龍」幕末の傑作  白峰・林西寺の欄間

北國新聞(2024年7月7日)

 白山市白峰の真宗大谷派林西寺(りんさいじ)の本堂を飾る龍の欄間が、高い技術を持った越前・永平寺の門前大工による幕末の傑作であることが、専門家の調査で確認された。迫力みなぎる彫刻からは、宗派を問わず広域で活動した近世の職人集団の姿が浮かび上がる。辰年を機に「天領の龍」が脚光を浴びそうだ。

 1863(文久3)年完成の本堂は、曹洞宗大本山永平寺の門前に集住していた「志比(しひ)大工」の名門、玄(くろ)之(の)家の源蔵、源左衛門親子が棟梁(とうりょう)を務めた。欄間は源左衛門の嫡子、師彭(しほう)が手掛けたことが墨書の銘から分かる。

 7面の欄間には5体の龍が彫られ、うち3体が宝塔、経巻、宝珠の「三宝」を護持している。彫りは立体的で、頭や手足、尾が枠から飛び出すなど、大胆な構成だ。

 林西寺では2022年から、白山市立博物館が古文書を調査している。これに合わせて加藤彰教住職が、白峰在住で近世以降の木彫に詳しい石川県立歴史博物館の元普及課長、鶴野俊哉さんに欄間の調査を依頼した。

 石川、福井両県内で鶴野さんが行った調査によると、志比大工は江戸期の多い時で約90人おり、半分が彫り師だった。永平寺や曹洞宗大本山總持寺祖院(輪島市門前町)で伽藍の工事を担った。他に加賀、飛騨、尾張、近江などの寺社で宗派を問わず仕事をした。

 江戸初期には、南砺市井波の浄土真宗本願寺派瑞泉寺の御堂の工事に携わった記録が残る。この事実から鶴野さんは、全国最高峰とされる井波彫刻の発祥に「志比大工が関与した可能性もある」と指摘する。

 欄間はもともと「知る人ぞ知る傑作」とされ、彫刻家や美大生らが鑑賞に訪れていた。雑誌「家庭画報」1月号の辰年特集で紹介され、知名度が上がった。

 福井県教委によると、作者の師彭は、存在は確認されるものの、生涯や他の作品は判明していない。今後、鶴野さんがさらに調査を進める。

 欄間について鶴野さんは「高度な彫刻技術と巧みな構成力が見て取れ、近世後期龍欄間の最高傑作と言えるのではないか」と評価した。

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