高岡市立博物館は7月3日から、1868(慶応4)年の上野戦争で新政府軍に敗れた彰義隊の副長、天野八郎(1831~68年)の獄中記「斃休録(へいきゅうろく)」を公開する。市内在住の天野の子孫が所蔵するもので、県内初の展示。同館は「敗者側から見た歴史を知ることができる貴重な史料」としている。
彰義隊は戊辰戦争の佐幕派の部隊。実業家、渋沢栄一のいとこである渋沢成一郎が隊長、天野が副長となり1868年3月に結成された。間もなく渋沢が脱隊し、天野が実権を握るが、5月に新政府軍の一斉攻撃を受けて敗北。天野は7月に投獄され、11月に死亡した。
8月に記された獄中記には幕府や将軍への忠誠、官軍へなびく諸藩に対する嘆きのほか、隊結成の経緯や組織表などもつづられている。上野戦争の際、劣勢の地への援軍を隊員に命じ自らも向かったが、後ろを振り返ると続く兵は一人もおらず、「我が徳川氏の軟弱が極まっていたことを知った」などの記述がある。
同館によると、国立国会図書館も「斃休録」を所蔵しているが、文字の直しが記された下書きで、今回展示するものが清書とみられる。所蔵者によると、これまで東京と北海道での展示はあったが、県内では初めて。高岡市立博物館の仁ヶ竹亮介副主幹学芸員は「代々伝えられてきた手記を通し、歴史の奥深さを感じてもらいたい」と話している。
展示は9月5日まで。天野八郎顕彰碑(東京)の拓本なども展示する。