県内で初めて見つかった白山曼荼羅=白山宮

県内で初めて見つかった白山曼荼羅=白山宮

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白山曼荼羅、平で発見 室町後期作

北日本新聞(2019年5月8日)

■11、12日に公開

 白山信仰を基に描かれた絵図「白山曼荼羅(まんだら)」が、南砺市上梨(平)で見つかった。県内では立山曼荼羅は数多く確認されているが、白山曼荼羅が発見されたのは初めて。室町時代後期につくられ、美濃(現在の岐阜)から五箇山に伝わったとみられる。従来の白山曼荼羅にはない図柄が見られ、白山信仰の流れをひもとく貴重な史料となりそうだ。今月11、12の両日、白山宮(同市上梨)の33年ぶりの御開帳に合わせて展示される。

 白山開山の祖とされる奈良時代の僧、泰澄(たいちょう)大師は、医王山(福光)や人形山(平)、八乙女山(井波)も開いたとされ、南砺と縁が深い。白山宮は大師が人形山山頂に創建したものを、後に現在の場所に移したと伝えられ、国重要文化財に指定されている。

 今回見つかった曼荼羅は、白山宮の護持や管理を手掛けてきた地元の個人宅で長年にわたって保管されてきた。白山宮で御開帳が行われるのに合わせ、白山宮奉賛会が市に調査を依頼。曼荼羅の寄付を受け、修復も完了した。

 曼荼羅は縦139センチ、横47センチの掛け軸で、名称は「紙本著色(しほんちゃくしょく)白山本迹(ほんじゃく)曼荼羅」。礼拝用につくられた「垂迹(すいじゃく)画」となる。これまで肉筆の垂迹画は石川や福井、岐阜などで16点確認されているが、県内での発見は初となる。

 表装の裏側の墨書から、この曼荼羅がかつて岐阜県郡上市の長滝寺(ちょうりゅうじ)にあったことや、16世紀半ばまでにつくられたことが判明。五箇山に伝わった経緯は不明だが、明治維新の頃までに長滝寺から出たと推測される。

 曼荼羅上部には、白山連峰の山々を背景に、仏やその化身となって山に住む神々が描かれている。下部は山麓の風景が広がり、白山信仰に関わる社寺などが配されている。他にも中央に白い衣を着た人物が描かれるなど、これまでの白山曼荼羅にはない構図で、調査した市文化財保護審議委員の杉崎貴英帝塚山大准教授は「大変貴重な品。この曼荼羅が五箇山にもたらされた経緯を含め、県内での白山信仰を広く考えていく必要があるだろう」と話す。

 調査では他にも、平安時代に制作された可能性がある地蔵菩薩像などが確認された。御開帳の期間中は、午前10時~午後5時に約20点の宝物が本殿横で公開される。村上忠兵衛上梨区長(72)は「地域に伝わる文化財の価値が明らかになり、地元の皆さんも喜んでいる」と話している。 

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