「吉継カフェ」で講演する奈良大の外岡教授=12月12日、福井県敦賀市きらめきみなと館

「吉継カフェ」で講演する奈良大の外岡教授=12月12日、福井県敦賀市きらめきみなと館

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大谷吉継が収めた敦賀で「吉継カフェ」 関ヶ原の戦いなどでの活躍を解説 福井県

福井新聞(2020年12月15日)

 義を重んじた戦国武将として人気が高い福井県敦賀城主、大谷吉継の魅力を知る「吉継カフェ」が12月12日、敦賀市きらめきみなと館で開かれた。市立博物館の元館長、外岡(とのおか)慎一郎・奈良大教授が登壇し、さまざまな資料を基に関ケ原の戦いにおける吉継の戦いぶりを紹介した。

 吉継は石田三成らと豊臣秀吉に仕えた武将。1589(天正17)年から1600(慶長5)年の関ケ原の戦いで亡くなるまでの約10年間、敦賀の地を治めた。

 吉継は養子2人とともに藤堂高虎らと戦う最中、小早川秀秋の寝返りで挟み撃ちに遭ったとされる。外岡教授は「みこしやかごに乗って戦場で指揮する様子を映画などでよく見ると思う」と話した。

 ただ、関ケ原の戦いぶりは軍記物語によるものでフィクションが含まれているとし、薩摩国に残る伝記などから「藤堂らと戦っていたのは養子で、吉継は後方から動き方を指示していた」と紹介。また、秀秋の裏切りは序盤にあり、「軍略に優れた吉継が敵に囲まれ自刃したことで、西軍は力を失い半日で決着がついた」と解説した。

 外岡教授は敵方の徳川政権下における書物でも吉継は優れた武将として描かれているとし、「今後も研究を進め彼の評価を高めたい」と述べた。

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