旗塚があったと思われる場所に設置したのぼり旗について話す塚原吉政さん

旗塚があったと思われる場所に設置したのぼり旗について話す塚原吉政さん

長野県 上田・小諸

上田活性化へ 旗塚跡を探る

信濃毎日新聞(2019年3月16日)

 上田市上野の伊勢山自治会の有志がつくる「砥石伊(といしい)の会」が、戦国時代、地元にあったとされ、見晴らしの良い高台に土を盛って旗を立てた「旗塚」の跡と思われる場所に、のぼり旗を立てた。同会は「遺跡として地域の活性化に生かしたい」としている。

 旗塚は、旗を持った軍がいると敵に思わせるためなどに使ったとする説もあるが、詳しい目的は明らかになっていない。同会は、1550(天文19)年に武田信玄が伊勢山地域にあった山城、砥石城を攻めた際、本陣を構え、合図のために鐘をつるしたとされる「鐘かけの松」の近くに、旗塚があったとみている。

 今回、砥石城や近くにあった山城、米山城が望める高台に並べた旗は7本。現在、塚は残っていないが、「長野県町村誌東信篇」に載っている砥石、米山城の絵図を参考に「鐘かけの松」の近くに10メートル間隔で立てた。

 同会の塚原一義会長(75)は「まだ知られていない旗塚のことを多くの人に知ってほしい」。事務局長の塚原吉政さん(69)は「旗塚の研究で武田軍が砥石城を攻めた戦略が分かるかもしれない」と期待している。市内では旗塚の跡とされる場所が数カ所あり、同会は情報提供を求めている。問い合わせは塚原吉政さん(電話090・3093・8801)へ。

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